今治港の概要

■港湾の位置

今治港は、愛媛県北東部高縄半島の先端(北緯34度04分、東経133度00分)にあり、九州及び阪神のほぼ中心に位置する、瀬戸内海の本航路に接した重要港湾である。背後は蒼社川の下流域に開けた今治平野を控え、前には日本三大急潮の一つ来島海峡がある。

■港湾区域

大浜潮流信号所(北緯34度05分24秒、東経132度59分29秒)から120度 3,200メートルの地点まで引いた線、同地点から148度 3,110
メートルの地点まで引いた線、同地点から 231度に引いた線及び陸岸により囲まれた海面並びに蒼社川東門橋下流の河川水面。ただし、漁港法の規定により指定された大浜漁港の区域を除く。(面積616ha)

認可年月日 昭和61年8月21日

■今治から世界へ

 地方港における外貿コンテナの取扱いは、ここ最近急激に増加していますが、四国においては、今治港が常にその先頭に立ってきました。今治港にコンテナ船が初入港したのは昭和54年、釜山との間で初めて定期航路が開設された年でした。その後、平成4年6月に、週1便の韓国・東南アジア定期コンテナ航路が開設され、平成6年8月には週2便、平成7年7月には週3便、平成8年7月からは、週4便体制へと充実してきています。


  本港は、四国で最初に開港場に指定されるなど、外国貿易の歴史も古く、来るべきコンテナ時代の到来に向けて港湾施設の整備を進めてきました。昭和61年3月にはコンテナの取扱いができるジブクレーンを設置、平成7年3月にはコンテナ荷役の効率化を図るためにコンテナ用リフトを購入、そして、平成8年10月には四国で最初のガントリークレーンを設置しました。


 

■今治港のあゆみ

明治 3年 飯忠七 押切船で今治-大阪航路開設
明治43年 今治尾道間鉄道連絡船就航
大正10年 重要港湾に指定
大正11年 開港場に指定
大正13年 今治港務所開設
昭和26年 港湾法に基づく重要港湾の指定
昭和27年 運輸大臣の認可により、今治市管理港となる
昭和30年 植物防疫港に指定(農林省令第55号)
昭和34年 今治・三原間にフェリー就航
昭和37年 植物防疫法による木材輸入港に指定
昭和38年 今治・下田水間にフェリー就航
昭和39年 今治・尾道間に水中翼船就航
昭和42年 今治港湾ビル完成
(鉄筋コンクリート造地上5階地下1階、塔屋1階建)
昭和47年 今治・三原高速艇就航
昭和47年 今治・神戸大型フェリー就航
昭和50年 今治・竹原間に高速艇就航
昭和51年 今治・井口間に高速艇就航
昭和52年 今治・伯方間に高速艇就航
昭和54年 植物防疫所指定輸入
昭和54年 新港湾岸壁(-5.5m・450m)供用開始
鳥生岸壁(-5.5m・180m)供用開始
コンテナ船入港開始
平成 4年 韓国・東南アジア定期コンテナ航路開設
平成 7年 富田ふ頭供用開始(-12.0m・240m/-10.0m・185m/-4.0m・100m)
平成 8年 富田ふ頭ガントリークレーン1基設置
平成 8年 検疫法に基づく「無線検疫対象港」に指定
平成12年 稲わら等輸入指定港に指定
平成13年 日韓定期コンテナ航路の船社変更
朝陽商船の運行停止(5月)後、
新たに東亜海運が航路開設
平成15年 興亜海運・高麗海運が共同配船
平成17年 富田ふ頭管理棟(鉄骨造、地上2階)完成
平成19年 日韓定期コンテナ航路開設(南星海運)
平成20年 シエンライン(旧東南亜海運)
長錦商船が共同配船
日韓定期コンテナ航路週5便
シエンラインが撤退
長錦商船が単独配船
平成22年 今治地区第2桟橋(2函目・3函目)に
「いまばり海の駅」を開設
平成23年 富田地区防波堤完成(延長496m)
富田岸壁に荷役機械(ジブクレーン)設置
平成24年 荷役機械(リーチスタッカー)購入
今治地区(北浜)小型船だまり供用開始
平成25年 南星海運・長錦商船が協同配船
平成27年 港湾計画の軽易な変更
みなと交流センター竣工
平成30年 荷役機械(トップリフター)購入

■今治市内(陸地部)道路網図

海陸一貫複合輸送・物流の流れが変る

今治市では、物流ニーズの高度化と多様化に対応する為、海陸一貫複合輸送体系への対応と物流コストの低減化に努力したいと考えています。そのため、港湾や幹線道路網の整備を積極的に推進しています。
今後は、西瀬戸自動車道や今治小松自動車道などの高速道路網の整備と連携して、港湾の物流機能の整備と拡充に取り組むとこにより、今治港が中・四国の物流拠点として、更に発展するよう努めてまいります。

物流の核となる中・四国高速道路網


■今治港の統計(数字で見る今治港)

>>詳しくは、今治市ホームページをご覧ください。

■今治港港湾施設使用料

>>詳しくは、今治市ホームページをご覧ください。